藤原ヒロシに顔が似ていることから、藤原ヒロシの二号の意味でNIGOという名前になった。1989年、文化服装学院エディター科(現在の情報科)に入学。その後、高橋盾と出会う。同年、西麻布にあったクラブ“P.ピカソ”に行き始める。当時A STORE ROBOT原宿店店長だった高橋一郎の紹介で藤原ヒロシに出会い、彼のイベント“ファミリー”のDJとして手伝いを始める。
正式には「A BATHING APE IN LUKEWATER」。“ぬるま湯につかった猿”という意味。もともと雑誌編集者を目指していたために、先入観のない独自の服の作りを提案することが出来たといわれている。また、六本木ヒルズを「倉庫」として使っている。その人気は海外、特に香港で大人気。 原宿でアジア系の旅行者に道を尋ねられたら、ほとんどがAPEである。