John Lawrence Sullivan 

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柳川荒士(Arashi Yanagawa)

1975年3月17日、広島県広島市生まれ。

小学生からボクシングを始め、中央大学を経てプロボクサーになり、具志堅用高氏に見込まれ、プロボクサーとして4年間活動。
引退後、株式会社聖林公司の代官山直営店舗「TOLLFREE(トールフリー)」で販売を経験

2003-2004 A/W より、「ジョンローレンスサリバン(JOHN LAWRENCE SULLIVAN)」をスタート。

2007 S/S、東京コレクションにデビュー。

2008年2月29日、中目黒に路面店をオープン。

ブランド名の由来は、初代世界ヘビー級王者のジョン・ローレンス・サリバン(John Lawrence SULLIVAN)。

John Lawrence Sullivan
住所:東京都目黒区青葉台1-19-7 MSビル1F
電話:03-5428-0068
営業時間:12:00〜20:00(不定休)

公式サイト
John Lawrence Sullivan


wjk 

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橋本 淳(Jun Hashimoto)

某セレクトショップのバイヤーを経て、CARPE DIEMのデザイナー「マウリッツォ アルティエリ」に共感し、単身でイタリアに渡りマウリッツォと共に活動する。 そこで得た経験を活かす為、3年後帰国し" wjk "を立ち上げる。

2003年、イタリア1piu1uguale3社のブランド゛C DIEM゛(カルペディエム)の日本エージェントとして活動開始。

2004年1月、東京都渋谷区恵比寿にショールーム「ダブルジェイケイ(wjk)」を展開。

2004年6月、自社ブランド「wjk」の展開を開始。

2005年2月、1piu1uguale3社との契約更新せず、自社ブランドのみでの展開に切り替える。

同年3月、2005 A/W展示会スタート、新たにレディースラインを加える。

同年9月、エスキス表参道に期間限定ショップをオープン。更に、静岡・名古屋・大阪に”サテライト プロジェクト”と銘打った企画で小型ショップを同時オープン予定。これに伴い新ラインを追加。

2007-2008 A/W よりレディースウェアラインをスタート。

デニムアイテムはドゥニーム(DENIME)の取扱会社である株式会社シンズ(SHINS Inc.)やドバに OEM で依頼。

wjkの意味
特に意味は無く、会社を立ち上げる際当事者の好きなアルファベットを3つ揃えただけのもの。但し、根底にある考え方は「名前でイメージを決められたくない」と言う所にあります。 名前による固定概念で判断される前に”現物”で見て感じて欲しい、と言うリアリズムから生まれた発想と「名前は1つの記号に過ぎない」と言う意味。


公式サイト
wjk


mastermind JAPAN 

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本間 正章(Masaaki Honma)

1970年、新潟県両津市生まれ。

1988年にロンドンに遊学し、帰国後の89年に株式会社ヨウジヤマモトに入社。

1995年、スペース「共存」を設立。

1997年に新ブランドのアドバイザーとして活動し、mastermind JAPANとして独立。

1997-1998 A/Wにファーストコレクションを発表。

2000 S/S及び 2000-2001 A/Wに東京コレクションに参加。

2001年、パリの合同展示会「SHEM」に出展。同年、ヨーロッパへの輸出を開始。

2002 S/Sに合同展示会「TRANOÏ HOMME」に出展。

2003年、パリの展示会場「Le Dome」で、2003-2004 A/W コレクションをショー形式で発表。

2005年、ゴヤール(GOYARD)とのコラボレートを発表。

2006 S/S、日本ファッションウィーク発足に合わせ、ランウェイショーを行う。

2007-2008 A/W より、レディースウェアラインを開始。 

ブランドロゴのスカルには「死ぬまで夢を諦めない」という意味が込められている。


公式サイト
mastermind JAPAN


Tsumori Chisato 

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津森 千里(Chisato Tsumori)

11月12日、埼玉県狭山市生まれ。

76年文化服装学院デザイン科ファッション課程卒業。

77年イッセイ・ミヤケに入社。「イッセイ・スポーツ」のデザイナーとなる。

83年11月「イッセイ」から「アイ・エス・チサト・ツモリ・デザイン」へブランド名を変更し、チーフデザイナーとなる。

85年「第3回毎日ファッション大賞新人賞」受賞。

90年「アイ・エス」ブランドのチーフを後進に譲り、自身のブランドである「ツモリチサト」を発表。

95年東京・青山にショップをオープン。

99年8月パリのマレ地区にショップをオープン。同年10月、「Creperie TSUMORI CHISATO」ブランドを発表。

00年12月東京・代官山にショップをオープン。

00春夏パリコレクションデビュー。

01年3月兵庫・神戸にショップをオープン。

02年「第20回毎日ファッション大賞」受賞。

03年春夏よりメンズをスタート。

06年11月時計ライン「tsumori chisato watch」を新しくスタート。


関連ブランド
・ツモリチサト・キモノ(tsumori chisato kimono)
・ツモリチサト・ウォーク(tsumori chisato WALK)
・ツモリチサト・キャリー(tsumori chisato CARRY)
・ツモリチサト・ウォッチ(tsumori chisato watch)
・クレプリ・ツモリチサト(Creperie TSUMORI CHISATO)


関連書籍
TSUMORI CHISATO AUTUMN/WINTER 2007-08 COLLECTION (e-MOOK)
kawaii
TSUMORI CHISATO KID’S KNIT BOOK?こどもたちの海ニット山ニット


公式サイト
www.a-net.com


tao COMME des GARCONS 

栗原 たお(Tao Kurihara)

97年セント・マーチン美術大学を卒業。

98年コム・デ・ギャルソンに入社。

02年「トリコ・コム・デ・ギャルソン」のデザイナーとしてキャリアをスタートさせる。

05-06秋冬「タオ・コム・デ・ギャルソン」をパリオフィスの一室にてショー形式で発表したのが、デビューコレクションとなる。同コレクションのキーアイテムは、コルセット。セクシーとカワイイの間を突く、ほのぼのとした世界観を静かに漂わせ、一躍注目ブランドのひとつとなった。


関連書籍
スタディ・オブ・コム デ ギャルソン
コムデギャルソン
アンリミテッド:コム デ ギャルソン
川久保玲とコムデギャルソン
Visionaire No. 2O: The Comme Des Garcons Issue (Visionaire , No 20)


MINA PERHONEN 

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皆川 明(Akira Minagawa)

1967年7月25日、東京生まれ。

89年文化服装学院を卒業。

95年「ミナ」を設立。

00年に白金台に直営店をオープン。

02年に東京・青山スパイラルガーデンにてエキジビジョン「粒子」展を開催し、好評を得る。

03年ブランド名を「ミナ・ペルホネン」に改める。

05年「Japan Fashion Week in Tokyo」デザイナー・素材連携企画展にて、須藤玲子、皆川魔鬼子と共に出展。また05年より大阪成蹊大学芸術学部客員教授に就任。

フィンランドでミナは「私」、ペルホンネンは「チョウチョ」を意味する。同年フリッツ・ハンセン社とのコラボレーションで自社の生地を使ったエッグチェアとスワンチェアを発表。洋服の他にもバックや小物、家具まで幅広く発表している。
取り扱いは白金台直営店、伊勢丹新宿店、ユナイテッド・アローズ各店など。


関連書籍
particle of mina perhonen 粒子


公式サイト
www.mina-perhonen.jp